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気仙沼ボランティアレポート 

4月30日 2日目の活動と活動地域の被災状況

8時7分
陸前高田から気仙沼市街鹿折地区に入ると津波で打ち上げた漁船と火災で焼け焦げた一帯でまだ道が出来ておらず自衛隊が展開して作業をしていた。
8時08分
大船渡線の線路わきの火災で焼け焦げた中みなと町一帯。
8時12分
大島行きフェリー乗り場
。大島行きのフェリーも運行を開始しており、ボランティアも利用して大島に渡っていた。
9時12分
ボランティアセンターのマッチングを待つ光景。
作業の内容と人数が発表されるとまるで飯場で仕事をと求める労務者のように集中する(皆さんそういっていました)。
9時58分
この日は大人数で活動するためマイクロバスで移動する。
12時41分
この日活動した田中前地区のお宅は床上50p程まで水が来たため、床掃除と庭の泥の掻き出しを行った。
ここの奥様は子供を背負って100m程先の中学校まで胸まで水に浸かりながら助けを求めたとのこと。普通3分で行くところを20分もかかったという。
気仙沼の大通りはきれいにガレキが除去されていがいまだに自動車が放置されている。
吉野家の被災地炊き出し支援車

「どうぞお並びください」と声をかけられたが当然「私はボランティアですので」とお断りしてきた。
大川にかかる気仙沼大橋の下流側。
川の中央に家が1軒。
そして橋げたの右岸には沢山の車とガレキが堆積している。
この中は捜索されていないだろう。
上の写真を橋の中央から撮ったもの。
左奥には大きな被害を受けた気仙沼南小学校。

背後の家は建ってはいるが1階天井まで水をっていた。
そして地盤が80cmほど陥没しているらしい。
気仙沼大橋の上流部右岸にも家が数軒流されてきている。
向かいの建物は結婚式場ゲストハウス・アーバン。その裏に仙台地方検察庁があった。
気仙沼大橋の左岸の桜並木には沢山の車がかかったまま。

そして川の流れの中には数知れぬ車が沈んでいた。
この日ガレキの中の写真などの回収をしていた自衛隊員に市民もボランティアも声をかける。
自衛隊の活動の困難さは市民だけでなくボランティアも当然認めるところ。
皆、敬意をこめて挨拶していた。
13時59分
作業が早く終わり近くの条南中学校に行くと自衛隊が駐屯していた。
ボランティアセンター内は医療支援チームの本部で全国から集まった多くの医療関係者とともに沢山の薬もストックされていた。
 

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