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2006年 第43回全日本スキー技術選手権応援記

不正地小回りの三星佳代選手 不正地小回りの三星佳代選手
大回り総合滑降で271点のトップの点をたたき出したよろこびの三星佳代選手 佳代選手の活躍にばんざいの会津の応援団
決勝最終種目は殆ど視界が利かない状態で行なわれた。この大会はとても風が強く天候に恵まれなかった。 MARKER・TECNICA・VOLKLのブース。
第43回全日本スキー技術選手権大会は昨年まで開催されていた白馬八方尾根スキー場から苗場スキー場(ザ・スキー名人戦in苗場)に会場が変更され、今年から開催が1週間遅くなり3月16日から19日まで4日間開催された。
目当ての福島県代表の三星佳代選手は昨年の大会で決勝に残っているためシードで予選は必要ないはずであるが、なぜか大会のHPでは予選免除のシード選手に入っていなかった(後に確認したら大会パンフレットも同様であり主催者側のミスのようであった。)。
17日(金曜日)は全国的に強風が吹き荒れた日で苗場スキー場も猛烈な強風で大人が立っていることする困難な状態で、雪が顔に当たるととても痛いひどい状態であった。しかし、ホテル正面のゲレンデでは一部大会が行なわれていた。スタートリストの販売している場所がわからないため、ホテル前の「MARKERTECNICAVOLKL」のブースに顔を出すと三星佳代選手が出てきて私たち夫婦を見つけて午前中に行なわれた大回り総合滑降がキャンセルになり、大会の予定が大きく変更になったという。昨年の大会以来1年ぶりの再会であるが、今回は会津に住んでいたときはまだ小学生で、この春大学生になる次男を応援に連れてきた。
会津にいたとき三星選手が育った東山スキースポーツ少年団に所属してスキーをやっていた息子達にとって三星佳代選手は憧れの的であり、その選手と全日本選手権の会場に応援にきて再会して声をかけてもらえることは感激に違いない。
初日は強風のため日程が大きく変更になり残りの試合はナイターで行なわれ、本選初日は12位で通過した。
18日(土曜日)は前日とうって変わって良い天気であった。午前中、「小回り急斜斜面チュアラル」と「小回り中急斜面不正地」が行なわれ前者が5位、後者が14位であった。
そして午後、プリンスホテル正面で開催された「大回り総合斜面ナチュラル」は人工のウエーブの施された斜面であったが、三星選手は果敢に攻めて、ダイナミックな素晴らしいすべりでウエーブをクリアーしてトップの271点をたたき出した。思わず会津の応援団から万歳が起こった。
この日の最終種目(中回り総合斜面整地)はナイターで行なわれることになり私たちは観戦できなかったがこの種目は2位であった。
19日(日曜日)決勝当日は天候が崩れて吹雪となった。スタートリストを確認すると、昨日の準決勝の順位は総合6位であった。
そして決勝は午前中に「小回り急斜面」が行なわれ午後最終種目「総合滑降総合斜面ナチュラル」が行なわれた。
前者は順位はわからなかったが(後に13位とわかる)、最終種目は視界が殆ど利かない中の競技であったが3位の滑りであった。そして総合7位が確定した。
(女子の優勝は5連覇の嶺村聖佳選手であったが、今年は森雪選手の活躍が目立った。そして男子は最終種目まで片山秀人選手に3ポイントビハインドの佐藤久哉選手が逆転で2連覇を達成した。それにしても初日転倒しながら総合3位になった丸山貴雄選手の決勝小回りの滑りは285点というとてつもない点数とで最高のパフォーマンスであった。本選小回りの転等がなければ・・・と思わせる素晴らしい成績であった。)
今回は天候に恵まれず、本選一日目の成績が大きく影響したようである。特に得意な種目で暫定1位であった大回り種目がキャンセルされたのは残念である。三星選手はも毎年、着実に成績を上げている。リザルトに1位や3位などという高順位をたたき出すようになってきた。
これだけ興奮する日本最高峰のスキー技術選に応援できる選手がいるということはまことにありがたいことであり、本選決勝まで我々を楽しませてくれた三星選手に心から感謝したい。 
 会津東山スポ少応援団関東支部 (2006.3.21)
2006年3月17日から19日

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