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2012年 第49回全日本スキー技術選手権
兼子(三星)佳代選手念願悲願の優勝

福島県会津若松市出身の兼子佳代選手が全日本技術選手権大会で念願の優勝を獲得しました。
佳代選手は現在結婚して秋田県に住んでいますが、生まれは会津若松市天寧。
国体選手で東山スキースポーツ少年団の監督をしていた父親や姉兄にともに平成9年まで東山温泉の奥にあった「おおすごスキー場」で小さなころからすべり、周りのだれもが認めるすっとびのスキー少女でした。身体は小さくても彼女のガッツと滑りにはだれもついていけなかったという。スキーに関する彼女の逸話は限りがありません。
中体連のスキー大会で5位になり国内でも「福島に三星佳代あり」と知られるところになり、若松女子高の時には県内で並ぶものはなく蔵王で行われたインターハイGS(大回転)では40数年ぶりという福島県選手の優勝を成し遂げた。
そして中京大に進み骨折するというアクシデントにあい、大学4年生の時に学連選抜で初めて全日本スキー技術選手権大会に出場し大回りでは3位になり総合13位に入る活躍を見せた。その後社会人となり10回のチャレンジで念願の優勝を成し遂げました。
                                          (SKI journal 2012年5月号)

2003年13位
2004年29位
2005年20位
2006年7位
2007年2位
2008年4位
2009年3位
2010年9位
2011年8位

その間、会場の応援にいき競技スキーヤーが基礎スキーに転向する過程の難しさを目のあたりにしてきました。スピード系の大回転ではトップの点数をたたき出すものの小回り系ではなかなか点数が伸びませんでした。
ある時は競技系の選手の滑りに関して評価が分かれて上と下の点数が離れすぎて点数の掲示板の表示が遅れるということもありました。
そして2007年には最高が2位にまでいきましたが,
その前には技術選手権9連覇をなして引退した女子基礎スキー界の女王松沢(峯村)聖佳が立ちはだかっていました。

そして2010年に秋田県出身の兼子稔選手と結婚し秋田県で学校の先生となり仕事とスキーを両立しながら技術選手権大会にチャレンジしてきました。そして今年は学校の仕事が終わってから稲川スキー場で練習を続け今まで苦手にしていた小回りに磨きをかけてきました。そして決勝最終種目の白馬ジャンプ競技場ラージヒルランディングバーンで行われた「決勝・小回り・総合斜面」では観客からどよめきが起こるような積極的な滑りで280点をたたき出し逆転で念願の初優勝を果たしました。
この大会の彼女のビブナンバー(ゼッケン)は「246」。昨年東日本大震災の発生した時刻でした。何かが後押ししてくれたのかもしれませんね。
今年の小回りの滑りはとてもとても素晴らしく我が家では「佳代ちゃん小回りのほうが上手くなったね。・」と驚いておりました。
それにつけても本当におめでとう。
関東のゲレンデスキーヤーだった私たち家族が会津に転勤した3シーズントップスキーヤーをOGとする伝統あるスキーレーシングチームで息子たちもそして私たち夫婦も育ててもらいました。
そして全日本選手権の会場に我々が応援に足を運べたのも佳代選手がいたからこそ。我々をトップスキーヤーの競う競技の場に連れて行ってくれて本当にありがとうございました。そのような場所で話ができる選手がいるなど一般スキーヤーにとってはとても光栄なことでした。
決勝の様子がYUOTUBEでご覧ください。
東山スキースポーツ少年団のサイトから技術選の様子をご覧ください。
 会津東山スキースポーツ少年団応援団関東支部
20128年月27日

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