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2005年全日本スキー技術選手権観戦記

国際第一ゲレンデ スタート前の三星佳代選手と右手前が三星監督
準決勝総合滑降の三星選手 三星佳代選手の幟がはためく(色がMARKER・TECNICA・VOLKLの色になっているのがお分かりですか)
フォルクル・マーカー・テクニカのブース 決勝最終種目の小回りはなんとオリンピックのジャンプ台でおこなわれた。
今年も3月10日から13日まで白馬八方尾根スキー場で開催された第42回全日本スキー技術選手権大会の観戦に行って来た。11日(金曜日)の朝、埼玉を出発して、9時前には3日間の宿である「白馬スキー館」に着いた。
2回目の観戦であり勝手はわかっており、大会本部ブースに行きパンフレットとスタートリストを買(各100円)い、目当ての三星選手のグループと競技の場所を確認する。
技術選の場合、グループに分かれて二つの会場で競技をおこなうため、場内アナウンスを聞き逃すと、見逃すことになるので注意を要する。それに、八方尾根スキー場はとても広くそれにとてもハードな斜面が多いため、リフトのレイアウトを理解しておかないとなかなか会場に行き当たらない。
スタートリストを買い、「MARKERTECNICAVOLKL」のブースに顔を出すと三星選手が私たち夫婦を見つけて素敵な笑顔ですぐに出てきてくれた。「今ひとつ調子(点数)が出ない」と少し不安な発言があるも、会津の本隊が来ルまでは私たち夫婦で応援するからいい演技を見せてくれるようにお願いする。妻が学生時代と比べた格段に娘らしく綺麗になったと・・。土曜日に会津から両親(三星監督)が来るという。
2日目の11日本選は総合滑降(総合斜面)、 ウスバゲレンデ・大回り(急斜面・整地)・ うさぎ平ゲレンデであるが得意の大回りで・小回り(急斜面) 国際第1ゲレンデであるが第一種目の総合滑降で点数が伸びなかったようであった。それでも準決勝には22位であがった。

3日目準決勝は・小回り(急斜面・不整地) 黒菱ゲレンデ(右より)・大回り(急斜面)うさぎ平ゲレンデ・小回り(急斜面)うさぎ平ゲレンデ・大回り(総合斜面)黒菱ゲレンデ(センター)の予定であったが天候が悪いため名物の黒菱ゲレンデ、うさぎ平ゲレンデが使えず、国際第一ゲレンデとウスバゲレンデで行われることになった。
大会本部の前に行くと「三星佳代」とかかれた幟を持ったメンバーに遭遇する。マーカージャパンの関係者であるとのことで、三星選手を応援する仲間が現れたことで格段気合が上がる。何せこれだけの全日本スキー技術選手権の会場で我々夫婦を仲間と認めてくれているのが嬉しい。
第一種目の小回りには会場変更に間にあわず私たちが国際第一ゲレンデに到着したときには三星選手がスタートした直後であった。国際第一ゲレンデはとても急な斜面でその脇のこぶ斜面はとても滑れた物ではない。八方尾根の上級コースは他のスキー場の上級コースとはレベルが違う。この会場の下で会津から応援に来た三星選手のご両親や会津東山スキークラブ(1931年創立で日本でも最初に出来たスキークラブ)のメンバーと合流することが出来た。
ところがウスバゲレンデでおこなわれた三星選手の得意の大回りで思うほど点が伸びなかった。この競技の電光掲示が中断して少し遅れて表示された。技術選の採点は5名のジャッジが100点面点で採点し、最高点と最低点をカットして中3名のジャッジの合計が点数となる。ところが彼女の採点は最高点91点と最低点81点と割れてしまったのである。同じ演技を採点しながらこれほど差が出るというのは、タイムトライアルの競技スキーで100分の一秒の違いでも負けをいさぎよく認められるのとは異なり評価種目の難しさがある。
それでも2種目の国際第一ゲレンデの大回り総合斜面ではいい滑りを見せて40名中4位の点数をたたき出した。このときは急斜面で応援していた会津の応援団から大きな歓声があがった。
そして自信を持って最終種目の小回り急斜面の競技に向かい、何とか準決勝40名中決勝進出の20位にはいることができた。
予選、本選、準決勝の点数の伸びが思わしくなかっただけに、決勝進出は応援団としてはとても嬉しかった。会津応援団の宿「ホテル大根」に私たちがワインを抱えて顔を出すと、途中で三星選手も顔を出し、皆と喜びをともにし、決勝の奮起を期して別れた。

4日目決勝は・総合滑降(中斜面)リーゼンコース(上部)・総合滑降(総合斜面) ウスバゲレンデ・小回り(急斜面) ジャンプ競技場である。
中斜面の総合滑降は相変わらず点数が伸びなかったが、総合斜面ではいい滑りを見せた。そして最終種目の技術選の名物、ジャンプ台のランディングバーン最大斜度37度という急斜面を果敢に攻めていい小回りを見せた。
さすがに日本のトップ選手たちもてこずる急斜面でとても迫力のある競技であったが、女子では嶺村聖佳選手、男子では丸山貴雄選手が他を寄せ付けない滑りを見せた。
そして技術選は女子は嶺村選手が圧倒的な強さで4連覇、男子は佐藤久哉選手が柏木選手を抑えて初優勝した。

今年から技術選のルールが変わり、スキーの板が3台に制限され、レーススーツの着用が禁止された。それとともに決勝進出者は予選が免除され本選からの出場になった。
これだけ興奮する日本最高峰のスキー技術選を観戦して、又応援できる選手がいるということはまことにありがたいことであり、本選決勝まで我々を楽しませてくれた三星選手に心から感謝したい。今年は国体や日本選手権との関係で体調管理に苦労されたようであるが、ぜひ体調を万全にして基礎スキーの世界でも頑張って我々を楽しませて欲しい。 自称 会津東山スポ少応援団関東支部 (2005.3.27)
2005年3月11日から13日

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